Running As Meditation #3
Original Article in English by District Vision. (C) All Rights Reserved by District Vision. Photo by Chadwick Tyler. Translated by M.Suzuki, Edited by K. from mokusei publishers inc.
ランニングについての長い会話もいよいよ終盤へ。ライター、ランナーのマヤ・シンガー、トレイル・ランナーのリッキー・ゲイツ、そして「ブラック・ローゼス」のランナーであるノックス・ロビンソンが語るシリーズ、最後までどうぞお楽しみください。みんなが、ランニングを自分のものにしていく様子が語られています。いろいろありますが、ランニングは、やっぱり楽しいのです。
記:中の人
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メディテーションとしてのランニング 第3回
Running As Meditation #3
わたしのランニングが変わった瞬間
マヤ: あなたにとって、ランニングを変えた学びや経験、もしくはひらめきはありますか?フォームに関してでも、メンタルに関してでも、なんでもいいです。あなたの走りを変えた何かがあれば教えてください。
ノックス: ふくらはぎに筋肉が多くついていること(笑)。人生変わりました。
マヤ: 他の人にはないその筋肉はどんな役割を果たしたんですか?
ノックス:…(笑)。それはさておき、なんと言いますか、自分は高校生の頃、ランナーとしてありとあらゆる苦悩を抱えていました。あの頃は2マイルのレースでビリにならないよう必死に走っていましたからね。母親には、駐車場に停まっているバスはもうチーム全員を乗せて、ゴールにビリで倒れこむあなたをエンジンかけて待っているわよ、なんて言われました。そこまで言わなくてもいいのに(笑)。
ですが、不思議なことに、ちょうど諦めてやめようと考えていたときに禅と道教に出会ったんです。瞑想や、水の流れみたいに何もしないことで何かを成し遂げることなんかが書かれた本を図書館で読み始めました。衝撃を受けましたね。不思議とその直後、よくはある話ではありますが、(まじめに部活で走るというよりは)近くのエリアに住む、家でタバコしか吸わないような親のもとで育ったワルたちと走るようになったんです。彼らからしてみれば受動喫煙というより、直に吸っているようなタバコの吸いかたをする親だったろうなと思います。そしてディナーは毎晩冷凍食品が出てくるような生活をしているという。
でも彼ら、ものすごい距離を走れたんです。よく森の中にある公園で彼らと走りましたね。ランニングに対する考えを再定義し続けた夏でした。学んだのは、ふざけながら様々な地形で、いろんなスピードで走る術です。それから走りながら誰かの顔を殴る方法とか、肘の後ろを何気なくタップして、相手を木に衝突させる方法とか、色々わかりました。
何がいいたいかというと、中でも未だに忘れられないランニングがあるということ。その日はドシャ降りの雨で、私たちは10マイルのランニングをしていました。そもそも、雨の中10マイル走ることすら信じられなかったんですが、丘を下ったてたら僕ら「飛んでいた」んです。まず、下りではいつも以上に早く走っても大丈夫だということに気づきました。そんなこと知りませんでした。だって下りは足が売り切れないようににジョギングするものでしょう?ところが彼らはものすごいスピードでダウンヒルをやって、坂を下り切ってもペースを崩さず走り続けました。そのまま走り続けられることにもびっくりしましたね。勢いよく走ったスピードをそのまま維持できると知ったのは初めてでした。速く走ったら、止まるかこけるかのいずれかだと思っていましたし。
この日はいつまでも忘れません。トレーニングの記録から「この日だ」と特定できるくらいです。いつというのは小っ恥ずかしいですが、私はこの10マイルのランで、雨の中でも全然速く走り続けられるじゃんと学びました。走り続ければいいんです。それ以来、私はあの日の感覚をつねに追い求めている気がします。
リッキー: 私は高校のとき、ある気づきに出くわしました。当時私はそこそこのランナーでした。クロスカントリーの選手権では州全体で4位、地元のレースでもそれなりの成績を残していました。
ところが高校時代の親友で、私より少し足の速いジョンってやつがいて。自分は州全体で4位だとすると彼は1位を獲れるんじゃないかと。地元のレースで私が2位を獲っても彼はやっぱり速くて1位だろうなという感じです。自分は高校生の間にジョンには勝てないなと思ってました。大学でクロスカントリーのチームに入ろうとしていたときも、惜しくも入部のための基準タイムが更新できないままでした。
そのとき、オリンピックの長距離チームの大半が練習しているボルダーまで練習を観に行ったんです。ジョージ・トーレス、エド・トーレス、リツェンハイン、それからスティーブ・スラッタリー、名だたるメンツがみんないました。求めていたのはこれだと思いました。こんなチームの一員になりたい、と。
それから3年間狂ったようにトレーニングをして、毎年こういったチームに入ろうとしましたが、毎回ギリギリのラインで落とされていました。そうして惜しくも毎回目標を達成できないくて、大好きなランニングをやっているのに悲しくて、がっかりしてばっかりでした。
そのとき友達に言われました。「リッキー、君より速い人は必ずいる」、と。落ち込みそうな言葉かと思いきや、ぜんぜんそんなことなくて。何をどうしたって、自分より速い人は出てくると自覚した瞬間でした。やるべきことは、人と競うんじゃなくて、自分が納得のいく自分のレースを走ることなんじゃないか、と。クロスカントリーのチームに入れなければ、べつのところで頑張ればいい。たとえギリギリのラインで落とされたとしても、何かを目指したことから得たものを大切にしようと思いました。そう思ったことは一番大きかったですね。
3度目にチーム入りを逃したときは、22、3歳でした。学校のランニングチームに入る資格がなかったってことで、ほんとうの意味で、自分がしたいことについて考えさせられましたね。
それで、じゃあここから楽しみながらランニングをするには、どうしたらいいのか?そうして、自分は自分のランニングをしようって考えるようになりました。
結局は楽しめないとね。でもランニングは、誰もが楽しめるスポーツだとも思いません。みんなが絶対一度は試すべきミラクルスポーツだとも思いませんし、誰しもがランニングを通して自分のようにこの上ない幸せを見出せるとも思いません。それよりも、その人なりに、それぞれに合った何かがあると思います。その何かを見つけて、それをもとにどう成長し、幸せを掴めるかを探るっていうことなんだと思います。私にとってその何かはランニングで、それを続けることで成長と幸せを手に入れられたと思っています。
<番外編>マヤ、リッキー、ノックスが話終わった後、司会者がギャラリーからの質問を受け付けた。
司会者:質問はありますか?聞きたいことがあれば言ってくださいね。
女性: なぜFKTにばかりやるんですか?
リッキー: FKT(Fastest Known Time)をご存知ないかたのために今一度説明するとですね、これは任意に設定されたトレイルランニングコースを最速で走った記録を競うことです。”任意に設定された”というのは、僕らランナーの謙虚さの表れだと思ってもらえると良いかもしれないです。中には正確なタイムにこだわらず、ストップウォッチを使わず、FKTを更新している人もいるかもしれないからです。
自分は最近は、登山道とか山、国立公園で叩き出すFKTをモチベーションにしています。危ない、混雑している、法律上で禁じられている、などを理由に、レースが開催されなさそうな場所を選びます。例を挙げるとすれば、グランドキャニオン。おそらくここがいま最も人気でしょう。「リム・トゥ・リム」は、グランドキャニオンの南端から北端まで走り、また南端まで戻る、42マイルのルート。累積標高は、11,000フィート(約3,300メートル)あります。決まった日時に決まった参加者と参戦するレースよりモチベーションが上がるのは、コースや自分選んだ山と対話してより親密な時間が過ごしながら走ることができるからです。
FKTは少し誤解を招いてしまうコンセプトだと思います。なぜならFKTで大事なのはいかに速く走るかというタイムだけである、と思われがちなんですよね。でも、そういうことではなくてですね、お伝えしたいことは、FKTっていうのは記録ももちろんアレですが、大事なことはこういったスタイルのランニングは誰にでもできるし、どこでもトライできるっていうことだと思っています。やる気があればですけどね。
女性: 走っているときに考えていることって、普段の生活で考えていることとどれくらい違うんでしょうか?
リッキー: これは先ほど話に出ていた、走ることはある意味もう自動的に瞑想状態になるっていうことと関連しているかと思います。(ああ痛い、とか、ああ苦しいとか、そのまま感じて受け入れるので)ロードランニングでも、トラックランニングでも、苦痛の限界だとか、自分の限界が近づくにつれて、瞑想的になると思います。
自分は、1、2歩先だけにフォーカスし続けないといけないようなテクニカルな場所を走るのが楽しくてしかたないんです。考えているのは、次どこに足を置くかのみ。無になる、もしくは無に近い状態が理想です。そんな風に走っている時に考えることは、足の位置と、あとはどこを走っているのか、そして体のコンディションくらいになりますね。
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(Running As Meditation は以上の#3をもって了)
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